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記者会見は現代版ギロチンなのだな

日大アメフト部の記者会見を見て、これまで何度も繰り返されてきた記者会見と同様の違和感を感じていた。

メディアや記者はなぜこれほど正義の使者を気取り、疑似裁判のようなことをするのだろう。チャットでは野次馬と揶揄してあまりある視聴者が記者たちの詰問に熱狂している。「いいぞ、もっとやれ」と。

メディアや視聴者にまで経緯を説明せねばならない正統な理由などありはしないのに、なぜそれほど当然のようにして罪を背負った人間を血祭りにあげることをいとわないのだろう。

状況をしばらく静観していて、ひとつ腑に落ちたことがある。

これはフランスでいうところのギロチンなのだな。首を切り落とされる罪人をエンターテイメントとして消費していたあの状況が、日本においてはこのようにして現存していて、民衆のストレス発散にひと役買っている。

ずっと抱いてきた違和感の正体はそこにあったのだろう。閉塞した社会/権力者への鬱憤を和らげる装置が、こうして今日にも引き継がれている。

このあまりに不健全な状況は、だから民衆の憤懣がさらに高まって、記者会見(公開処刑)くらいではとても解消できなくなるまでつづくに違いない。末期になればなるほどますます下劣に苛烈になることもほぼ確実視できてしまう。そしていまはかなり末期の方だろう。

これから先、テレビ報道とそれを消費する「正義をかたる乱暴者」にはできる限り近づきたくないなと心の底から思う。


2018年5月26日追記

日大アメフト部に関して素晴らしい記事があったので追記。過去の大学による不祥事とそれに対する対応の違いを主軸に再発防止や教育機関としてのあり方を淡々と説いていくスタイル。再発防止に向けてメディアにできることにとても自覚的で、冷静に状況を捉えられてもいる。ジャーナリズムってこういうだよなあ。ありがたい。

日大はなぜ失敗したか。東大、早慶、関学…大学不祥事対応に見る成功例と失敗例|BUSINESS INSIDER

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