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「最小の少数派とはあなた自身である」という民主主義の根幹について

少数勢力の政治団体はよく「わたしたち少数派の意見も聞け。それが民主主義だ」とのたまう。ぼくにはそれがひどく滑稽に思えてならない。

そもそも少数少数というが、突き詰めるなら我々は一人ひとりが最小単位の少数派であって、みながそれぞれに主張を持っている。民主主義というのは、その個々人が集まって、どのようにして集団社会を運営してゆくかを考え、実行する仕組みだ。それを理解しているなら、少数であろうとなかろうと、自分の主張で大勢を説得せねばならない。社会の行き先を決めようというのに、誰も説得できない個人の主張に従うことなどできっこないからだ。

もし、個人個人の主張のひとつひとつを聞き、尊重し合う政治がいいというなら、それは有り体に言えば「いつまでも何も決まらない政治」が生まれるだけだ。政治の枠組みにおいては個々人の主張を尊重するには限界がある。だからこそ期限を定め、より大勢を納得させられるアイディアに決定して先へ進もう。これが民主主義の根幹であり、それゆえに「言論の自由」だけは制限してはならないということになっている。

それを理解していれば、政治団体やそれに所属した議員から「わたしたち少数派の意見を聞け」などという文句は出てこようはずがない。群れることができている時点で十分に多数派であるし、さらに支持を拡大して政権与党(多数派)にならねば理想の社会だって実現できない。つまり、中途半端な多数派だから個々人から煙たがられ、中途半端な多数派だから社会変革も達成できない。これを滑稽といわずしてどう形容すればよいのだろう。

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