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2014年12月

自民党だけには投票しないという選択肢【2014衆院選】

大阪で橋下徹率いる維新の会が台頭した時、メディアは独裁者とたたいた。なぜ今回の選挙こそがそう言われないのか不思議だ。一地方都市が暴走するのと、一国が暴走するのとではわけが違う。衆院選は行政をも担う政権与党が決まる選挙である。地方選や参院選とは決定的に重みが違い、大げさではなく、まさに独裁(好き放題)を許すかどうかという国民の良識が問われているのでもある。

絶対的安定多数は民主主義が機能不全を起こす

ここに強調しておきたい。議会制民主主義の欠点は、安定多数を一党で握ってしまった時に最も強く顕在化する。いままでの歴史を省みるなら、野党が不甲斐ないというのより、まず一強多弱の拡大を恐れた方がいい。民主党政権が強行採決を連発できたのだって一強になったからだし、さかのぼればナチ党だって翼賛体制だって、そういう機能不全が狂い始めるキッカケとなっている。

いや、べつに「戦争が起きるコワい!」なんてヒステリックを主張したいわけではない。

そもそも安倍政権の二年間をぼくは好意的に受け止めている。しかし、たった一点、民主プロセスに対する誠実さの意味で強い懸念を感じてしまう。どこまでの強引さを許容すべきなのか。安倍政権の続投を望んでいる一方で、これ以上の安定を与えるのは得策ではないのではないかと。

国政の内側に監視機能を担保する

そこで思い至るのは、「自民党に理解を示しながら、しっかりと監視役を担える人たちになんとか食い込んでほしい」という希望だ。有り体にいえば「是々非々を突き詰められる党派」だ。だから比例の投票においては、自民、公明、共産、社民、幸福実現党以外のところに入れたい。(小選挙区においては、政党より前に政治家個々人をまず評価し投票すべきだと思っている)

それがぼく個人の今回の方向性です。インターネット選挙運動も解禁されたことだし、選挙前にしっかり表明しておこうと思いました。

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青木大和くんに期待すること

青木大和くん

ぼくはいまのような不安定な社会と形骸化した制度のもとでは、荒療治のような手段も必要なのかもしれないと思う。

現状、一般庶民が選挙時にできることはとてもすくない。希望の立候補者がいないと思えば、自分が立候補するか、希望の候補者を擁立しなければならない。しかし、それには少なからぬ資金が必要になるから、若者世代には容易なこととはいえない。

しかし、ネットはそれを変えられるかもしれない。限定的でしかない庶民の選択肢を、健全に拡張してくれる可能性を大いに秘めている。自分の意見を大勢に知らせることもできる。海外に向かって、日本の選挙制度の問題点を表明することもできる。もっともっと選挙に優位にはたらく試みだってあるかもしれない。

ぼくは大和くんを頭ごなしに非難する気にはならない。確かに特定の勢力と結びつき、プロパガンダを画策するようなことは断罪しなければならないけれども、ネットの可能性に挑戦するような試みは、どんどんやってほしいと思う。

今度はぜひとも、そういう前向きなヤツをお願いします。

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「白票で投票する」という政治トラップ

投票用紙を白票のまま投票しようという主張がある。

入れたい候補がいないとき、誰に入れてわからないときは棄権せず、”誰もいないよ!”と言いましょう!その思いを白票に込めて投票しましょう!
その声は、きっと政治家達に、権力者達に伝わります。そして彼らはその声に配慮せざるを得なくなります。

選挙での「白票」を「社会を変える力がある」とミスリードする謎の集団「日本未来ネットワーク」のサイトが突如出現 | BUZZAP!(バザップ!)

これにシンパシーを感じてしまった人はちょっと注意した方がいい。

なぜなら、選挙、代議制、民主制といわれるパッケージ(つまり日本の政治制度)について本当に理解していたら、白票なんて行動は絶対にしようとは思わないからだ。

これについて非常に的確に表現してくれている文章があるので、ここで引用する。

今年3月に行われた大阪市長選挙では投票総数の1割を超え、2位候補の得票数の2倍近い45098票もの白票が投じられました。しかし再当選した橋下徹氏は「白票が多かったのは、メディアの責任だ。皆さんも反省してほしい」と述べて自らの責任とは考えておらず、政策にも大きな変更はありません。

選挙での「白票」を「社会を変える力がある」とミスリードする謎の集団「日本未来ネットワーク」のサイトが突如出現 | BUZZAP!(バザップ!)

これに尽きる。

投票は声援

政治家というのは、コミュニティの代表だ。だからこそ選挙区という小さい単位で区切られ、それに当選した人がその地区の代表として中央に集まり、意見を出し合う。

だから投票は、簡単にいえば「声援」だ。ぼくはあなたを信頼する。あなたの決めたことなら、どんな結果になろうとも受け入れる。そういう声援だ。白票はどこまでいっても無効票でしかない。記名される名前の多かった人が、そのコミュニティの総意ということになって、代表者はその人たちのために働く。白票を優先するより、自分を応援してくれる人たちのために働く。まったく当然のことじゃないか。それが選挙だ。

希望の候補者がいなければどうすればよい?

もし希望する候補者がいないなら、自分が立候補するか、信頼に足る人を擁立する。いまのシステム下では、それしかできない。とはいえ、これは誰にでもできることとは言いがたいから、いますぐ誰にでも可能な手段をあげるとすれば、それは自分の選挙区の立候補者に会いにいって、意見を思い切りぶつけることだ。その中で少しでもマシな人を選ぶしかない。

そして次の選挙には、あなたが出馬するか、あなたと同じ意見の人を送り込むしかない。

白票の評価ポイント

白票は、主権者の責任を放棄する意味ではまったくお話にならない。けれども、もあえて有用性を挙げるとすれば、選挙をまったく理解していない人をあぶり出すトラップとしては非常におもしろいと思う。

もしかしたら、これによって、選挙に興味のもてなかった人の視点を変えて、投票場に呼びこむ可能性だってあるかもしれない。

そして、たとえ無記名だとしても、投票行動を実際にしようしている(政治に興味を持っている)意味では、大いに未来がある。白票を投じた結果とそのネタばらしによって一層の政治理解を促す。個人的にはそういう壮大な戦略の中途であると思いたい。

なにかと話題の青木大和くん、ぼくはそんなに嫌いじゃない。小学生に扮するとかはどうでもよいので、ぜひこういう方向のヤツを期待します。

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