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接客業における「○○になります」の誤用はなぜ広まったのか

本多啓『ニナリマス敬語について』(PDF直リン) http://www.surugadai.ac.jp/sogo/media/bulletin/Ronso31/Ronso31honda.pdf


「ニナリマス敬語」について考察している論文なんですが、読みやすい上にめちゃくちゃ面白かった。

以下要約

「ニナリマス敬語」とは、接客の現場で使われる「領収書になります」「こちらが会場になります」という表現のことで、この「なります」は日本語としておかしいと言われている。

もう少し噛み砕くと、「なります」の最も一般的な使われ方は「オタマジャクシはカエルになります」のような状態変化を表現する時に使用される。

だから「領収書になります」というのは、店員から客に領収書が手渡される状況を表すはずが、「何か」が「領収書」に「なっている」ような、よくよく考えてみれば、意味が全く通っていない表現になっている。

確かにおかしい。しかし、だからと言って、この表現は日本の至るところで丁寧語として使われている。そこで筆者は(日本語としての是非は後回しにして)まず「なぜこのような表現が世間に広まったのか」を認知言語学的に解明してみようと試みる。

筆者は続ける。

例えばレジの店員の発する「お釣りは100円になります」は、「計算すると、お釣りは100円になります」を省略していると考えられる。

計算前の段階では、お釣りは未知の金額(○○円)であって、計算の結果として「○○円」が「100円」に変化する。だから「お釣りが100円になる」という表現は違和感があまりない。

(筆者はこれを、“実質領域(content domain)から認識領域(epistemic domain)へのメタファー”として認知言語学的見地から根拠付けた)

結論としては、用法として正しい類の「なります」を接客の現場で見聞きし、それが「業務上の丁寧表現」として誤解され拡大解釈された結果、本来の表現から乖離した状況でも用いられるようになったのではないかと筆者は結論している。

最後に

論文自体はもっと実証的で緻密な構成なんだけど、アカデミックな世界と何の関わりもない僕のような人間にもとても読みやすく書かれていた。

個人的にこの論文に熱狂してしまったポイントは、「ニナリマス敬語」の日本語としての是非を問う前に、「なぜそういう表現が使われるようになったのか」を解き明かそうとしている点ですね。

例えば、りんごが木から落ちた現場に居合わせたとして、「危ないから柵を設けよう」とか「落ちたりんごは誰の物だ」とか言うのではなく、「なぜ、りんごは木から落ちたのか」という、現象そのものを理解することにこそ価値を見出している姿勢が非常に格好いい。もう脳内麻薬ダダ漏れました。

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