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2012年11月

政治家はブータン国王に学んでください


11/17 ブータン王国国王ジグミ・ケサル陛下及び同王妃陛下(国賓)歓迎会

丁度一年ほど前、ブータンから新たな王が来日した。その際に行われた国会演説があまりに素晴らしかったために、多くの議員と国民が魅了されたのを覚えている人は多いと思う。いま見ても僕はやはり涙が溢れてしまう。

先日、野田首相が衆議院解散を宣言して以降、小政党が次々と乱立し、各党が各党を蔑み、国民はそれを各々に蔑むという、先の見えない選挙戦が繰り広げられている今こそ、心を鎮め、もう一度この若き王の言葉に耳を傾けてみてはどうかと思う。

人を説得し、動かし、変えゆく力があるとすれば、それは純粋で強い信頼しかないのではないだろうか。信頼はそれを向けられた人間に、自分を省みる機会を与え、同時に気高さをも与えてくれる。

非難や文句が何を好転させられるだろう。僕たちに必要なのは、もっとお互いを信じる力ではないか。震災直後に感じた感覚を、僕たちは今再び思い出すべきなのじゃないだろうか。

日本を愛するなるべく多くの日本国民が一丸になれるように、政治家は我々に、我々は政治家に、示すべき言葉と心があるはずだ。

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本当の政治的中道を体現する一人「待鳥聡史」京大教授

待鳥聡史(まちどり・さとし)京大教授の政治観が好き。偏見の中に陥らず、あくまでも制度的な特性から日本政治を語る姿勢が心地よい。

「偏見の中に陥らず」というのは、例えば右や左に寄ったような意見でも、彼の専攻する学問に照らして正答ならば、それを採用すると言う意味です。(あえて言えば、それが政治的な中道派であろう)

教科書がなぜ、現代政治史を表面的にしか扱わないかといえば、出来立てホヤホヤの歴史は解釈が定まらず、統一見解を用意出来ないからだという。しかし、学問の本来の性質は、蓄積された知恵を次世代へと効率良く伝達して、現状の課題を克服するためにこそ体系化されたものだと僕は思う。

最も直近の出来事を学問しない学問は、本当に学問と呼べるのだろうか。そして、その思考の感覚を義務教育過程の内に教えないのは本当に正しいのだろうか。

僕は待鳥聡史氏の見出すような知見こそが、本来は語られ、膾炙されてゆく必要があるのではないかと思う。

彼の記事のいくつかをリンクしておきます。

橋下・維新の会、河村・減税日本 国政での成功に立ちはだかる「制度的差異」 | nippon.com
SYNODOS JOURNAL : 待鳥聡史|比較政治論

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[民主・自民・第三極] 解散総選挙で本質を見失わないために

今回の解散総選挙は小規模の新政党が乱立し、非常に複雑な選挙戦になっているので、何を判断の材料にするべきなのか、見失いがちになると思う。だからこそ、しっかりと踏まえておくべき前提と本質を再確認する必要があるだろう。

その為に役立つ秀逸な記事を二つ紹介したい。長くなってしまうが、重要な部分を引用する。

「第三極」か「第二極」か (田中良紹の「国会探検」)

第一に忘れてならないのは、何度も言うが国民の権利をないがしろにした違憲総選挙であるという事だ。1票の格差が解消されないまま選挙は強行される。「解消させなかったのは与党民主党の責任だ」と自公は言うが、民自公は国民が頼んでもいない「3党合意」をやり、その見返りに「年内解散」を自公は迫った。従って憲法をないがしろにしたのは民自公の3党すべてである。「だからこんな選挙に行けるか」ではなく、「だからそのことを頭に入れて」投票所に行かなければならない。

 次になぜ総選挙になったかである。それは消費増税法案を国会で成立させたからである。それ以外に理由はない。民主党は3年前の総選挙で「4年間は消費税を上げない」と国民に約束し、「上げる時には国民に信を問う」と言った。しかし4年も経たないうちに増税を決めた。そして増税は選挙の後なので国民との約束に反しないと説明した。自公は消費増税に協力する一方で「マニフェスト違反だから選挙で信を問え」と民主党に迫り、3党合意の見返りに総選挙が行われる事になった。

 だから二重三重の意味で総選挙は消費増税の信を問うために行われる。ところが民自公3党は選挙で不利になるから消費増税を選挙の争点にしたくない。そのため3党は今一生懸命に争点隠しをやろうとしている。それが野田総理と安倍総裁に現れている。金融政策、TPP,世襲問題などで両党は激しく相手を批判するが、その意図は消費増税から国民の目をそらさせるための「争点隠し」以外の何物でもない。

 実は民自公3党はどんなに激しく相手を批判しても選挙後は手を組まざるを得ない運命にある。「ねじれ」で政権運営が全くできなくなるからだ。国民が「政策」の対立なんぞに目を奪われていると「争点隠し」に騙される事になる。「政策」よりも大事なのは数の論理である。「政策」はごまかせるが数はごまかせない。

 仮に次期総選挙で安倍自民党が大勝しても、参議院で民主党の協力を得ない限り安倍氏が政権公約を実現する事は絶対に出来ない。そのため民自公は運命共同体なのである。民自公が怖いのは「第三極」の勢力が伸びる事で、そのためにも民主と自民は対立を強く見せつける必要がある。


日本維新の会の政策はなぜ変質するのか - 島田 裕巳(アゴラ) - BLOGOS(ブロゴス)

政党にとっては、政策が重要であると言われる。ただ、この政策というものは、政党の側が勝手に立案しても意味がないものである。政策は、その政党の支持者の利害に直接結びつくものでなければならない。安倍自民党総裁が、無制限な金融緩和を訴えているのも、それは公共事業に投じる財源を確保するためで、それは公共事業に携わる事業者にとっては利害に直結する政策である。

あるいは、公明党の場合には、言うまでもなく創価学会が最大の支持基盤で、大衆福祉の拡充が党是となってきたのも、創価学会の会員のなかには福祉の対象となる中下層の人間が多いからである。民主党も、連合が最大の支持基盤で、党は組合の利害を反映した政策を打ち出してきた。

ところが、維新の会の場合には、こうした明確な支持基盤というものをもっていない。もともとは地域政党であり、大阪を中心とした近畿圏を基盤としてはいるものの、それは地盤であって、特定の社会階層や社会集団が支持基盤を形成しているわけではない。

明確な支持基盤をもたない政党が採用する政策は、特定の集団の利害とは直接に関係しないものとなる。そうした政党では、特定の支持政党を持たない無党派層にアピールする政策を打ち立てなければならない。

ところが、無党派層というのは、政治から直接恩恵を受けられない立場にある人間たちで、この層の利害に直結する政策自体が存在し得ない。あるいは、民主党が政権交代を実現させる上で大きな意味をもった「子ども手当」のように、子どもさえいれば直接金が渡るような政策しかあり得ない。

子ども手当が崩壊したように、現在の財政事情では、そうした政策を打ち出すこともできない。そこで維新の会がとった政策が、「維新八策」で当初から強調されている「統治機構の作り直し」である。維新の会は、これが成功すれば、政治の在り方が根本から変わるとアピールすることで、今の政治に対して不満をもっている無党派層を引きつけようとしてきた。

しかし、統治機構の作り直しは、首相公選制をはじめ憲法の改正を必要とするものばかりで、維新の会とそれに同調する勢力が国会で3分の2の圧倒的多数を占めなければ実現できない。これまで一度も憲法の改正がなされていないことから考えても、実現の可能性はほとんどゼロに等しいものである。

(中略)

維新の会を支持しようとする無党派層は、そもそも具体的な政策に期待する人間たちではない。公共事業が増えても、社会福祉が充実しても、恩恵を被れない人間たちである。彼らが期待するのは、政治が変わるということであり、それによって閉塞した社会状況が打破されるということである。

維新の会が、無党派層の票を集めることで議席を確保し、政党としての存在感を示すには、政策ということはほとんど必要にはならない。維新の会は政策なき政党であり、そこに特徴があり、可能性があった。

ところが、政策なき政党であるにもかかわらず、政策ということにこだわりすぎた。現役の国会議員を取り込むときにも、他党、他勢力と連携するときにも、政策の一致を過剰なほど強調してしまった。実際には政策がないにもかかわらず、政策を錦の御旗として掲げてしまったのである。

現実には、公明党と早々と選挙協力を決めたときには、ほとんど政策の一致がないにもかかわらず、それに合意した。それが可能だったのも、維新の会には公明党の政策と衝突するほどはっきりとした政策が存在しなかったからである。

政策なき政党である維新の会には、どうしても譲れない政策などあるはずもない。次々と政策が破棄されたり、変更されたりするのも、そのためである。

明治維新は、政策によって二つの勢力が衝突したり、競いあったわけではない。それは、権力を奪取するための戦いだった。維新とはそういうものである。

維新の会が本当に「平成維新」を実現しようとするなら、権力を奪取することに専心し、政策などは無視すべきである。それが、維新の会に力を与える無党派層の求めているところにほかならない。

僕個人は大阪府民であることからも、支持政党はほぼ決まっているといってよい状態なのですが、決してそこに加担してほしいわけではなく、あくまでも今回の(恣意的に)分かりにくくなっている選挙にかかった霧を晴らし、視界を明瞭にするのに役立てば幸いです。

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