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世界との向き合い方。

何が正しくて、何が間違っているのか判断するのはとても難しい。現時点の選択によって未来に生じるさまざまを今断言できる人間なんていないから。だけど、未来を必死で想像してみることができる僕たちは、なるべく多くの歴史や最先端の情報を詰め込みながら、なるべく注意深く、未来を見据える努力をしなければならない。国の舵取りにおいてのそれが為政者であり、子供にとってのそれが教師と親であるが、出来ることなら全ての大人ひとりひとりさえそうあるべきである。

端的に言ってしまえば、それはあなたがあなたの背中を見ようと努力する行為に似ている。

あなたは、あなたの背中を本当に見ることは永遠に適わない。あなたのイメージの中にあるあなたの背中は、実際にあなたがあなたの後ろからみたものではない。例えば鏡によって見えた背中である。その背中は光の速さで視覚に届く「自分の背中だったもの」でしかない。光にも速さがある以上、たとえ些細な時差であれ、速度が時間と連動する制約を持ってそれは過去となり、あなたの行為は、間違いの少ない未来を予想をするための絶え間ない努力の結晶といえる。そしてそれはとても大事なことだ。なぜならあなたの頭にあるその背中は、現在と同一といってしまって良いほどに正確なものだからだ。だからあなたはその高度な技術を、究極的には外部に、世界に向かってなさなければならない。

少なくとも僕個人は、それが世界に参加しているというニュアンスに含まれる条件だと思っている。

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