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日本語の特性について

「英語の世紀」が日本語という言語の脅威になることはないでしょう。 - 株式日記と経済展望

上記の、株式日記と経済展望さんの記事を読んで思った。

たぶん多くの人が、世界共通言語である英語を話せるようになりたいなと、かなり真剣に考えていたりすると思う。なぜ英語が話したいのかといえば、そりゃ1億5千万人より、何十億人とコミュニケーションが取れたほうがいいって、当然ですよね。僕もそれは同意してしまうんだけど、ちょっとだけ待ってくれよと。それよりもまず基本に立ち返って、僕たちが愛用している日本語についてもう少しだけちゃんと考えてみませんか?という提案的な内容。

たとえば朝鮮日報の記者が、”日本人がノーベル賞をとる事ができる”という事実を元に考えた考察として、世界のトップレベルを知るにはやはり英語を知っている方がいいのだけど、そこに日本人が堂々と肩を並べていると言う事は、つまり日本語が英語でやり取りされている高度な専門用語を取り入れるだけの拡張性を備えているという結論に繋がってくる。多くの言語では出来ていない専門用語の変換が可能だということになる。我々もそれは見習ってみたらどうかと。

正直目からうろこでした。そのような日本語の特性を考えれば、上記のような英語教育に関する議論さえ、もう少し変わった視点で見れるんだろう。他にも今回取り上げられている朝鮮日報のソースは、なんていうか、いちいち腹が立つくらいに日本を良く考察していて身が引き締まりました。

この記者はさらに考えをめぐらせて、日本語に翻訳する行為が及ぼす利点をも指摘している。

日本は初等・中等過程はもちろん、大学でも日本語で科学を教える。そのため、西洋で発達した科学を日本語に訳すのを当然の基礎過程だと考えている。漢字文化圏である東洋4国があまねく使っている「科学」「化学」「物理学」などの用語自体が、アルファベット圏言語を自国語で把握しようとした日本の知識人たちによる翻訳の所産だ。「素粒子」「陽子」「電子」などの用語も、すべて日本人が作ったものだ。

そのおかげで、日本人にとって世界的水準で思考するということは世界で一番深く思考するということであり、英語で思考するということではなくなった。これは外国語が苦手といわれる日本人たちが基礎科学分野でノーベル賞を多く取っていることや、益川と小林の研究が日本の大学から誕生したことにもよく現われている。

日本がノーベル賞を取れるのは自国語で深く思考できるから。我が国も英語ではなく韓国語で科学教育を行なうべき [10/09] 韓国日報

本来、これは僕たちこそがしなきゃいけないことなのに・・・。非常にありがたい記事が見れました。
株式日記さん自身の考察では、英語に飲み込まれ滅びている各国の言語の問題から、現在の日本に於ける英語教育に対する危惧にまでその内容は及んでいますが、僕は個人的に、僕の育った15~20年前あたりの義務教育下の英語の授業量であれば(教え方はどうあれ)、十分許容範囲なのではないかと感じます。それよりはやはり、日本語についてもっとちゃんと向き合わせてもらえるような土壌を義務教育課程の内に作ってほしいという思いの方が強くなりました。それは政治・経済・近現代史についてもいえるけど。

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