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2008年11月

メモ:20081126

カンブリア宮殿にて、村上龍の一言をメモ。(正確ではないが、ニュアンス的に。)

将来何になりたいか。がわかっているということは、自分の興味が明確だということ。

つまり、例えば再生医療の分野に進みたいという意思がある人間は、「再生医療」という声が後ろで聞こえたら振り返るだろう。もしiPS細胞(再生医療では欠かせない細胞)という言葉がでてきたら、これはなんだろうと調べるだろうし、そこからさらに知らない単語が出てきて、また調べる。自分の興味があるところを中心にして、どんどんツリー上に知識が広がっていく。それが大事なことだ、と。

痛いほど良くわかります。自分が興味があるからこそ起きる現象ですよね。好きだからこそ調べずにはいられない。

ただ、その「興味のわくもの」を見つけるのがそもそも簡単なことじゃないし、人それぞれに方法もあるんだろうけど、だからこそ教育っていうのは、その部分にこそ多くの時間と機会を提供するべきなのではないかと思う。カンブリア宮殿内ではそれを「スイッチが入る」と表現していた。そうスイッチを入れるための多くの機会を作ってあげること。

それは何も学校だけに任せる必要はないだろう。塾のような形で、それでいてボーイスカウトのようでもある、もっと自由に知識を得ることの出来る空間があったらいいなあ。そういう存在のためにだったら、僕はどこまでも打ち込めるような気がする。

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大麻は麻薬じゃない。って何度言えば・・・

池田信夫さんも言っていますが(大麻で逮捕するならタバコを禁止せよ)全面的に支持できます。違法なことをして捕まるのは、そら当然のことだし、知っててやっている人間を庇う気もさらさら無いけど、根本の法律に問題があるのなら指摘しなきゃいけないって話です。
古い記事持ち出しますが、僕自身、この記事(あなたは本当に知っていますか?大麻のこと)を書いた時期に初めて大麻の真実を知って、驚いたのを良く覚えています。

で、これに対してありがたいことにコメントを頂いて、本当ありがたいんですが、内容が全く無知なだけの批判でした。それから4年経った現在、読者層の知識レベルが高いと言われる池田さんの記事にさえ、同じような無知な人間の批判コメントが付いてます。そういうのを見ると、なんだかガックリきてしまう。4年前と変わってないんじゃないかって・・・。もちろん正しい知識を持った上で、それでも大麻の合法化は危険だという建設的な意見の方が圧倒的に多いのですが、たった一人の場違いな発言だけで、全てが薄まる攻撃力になっている・・・。
まじめな話、大麻を取り締まる人間は嫌煙家であってほしいですね。じゃなきゃ浮かばれないよ。捕まった人も。

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日本語の特性について

「英語の世紀」が日本語という言語の脅威になることはないでしょう。 - 株式日記と経済展望

上記の、株式日記と経済展望さんの記事を読んで思った。

たぶん多くの人が、世界共通言語である英語を話せるようになりたいなと、かなり真剣に考えていたりすると思う。なぜ英語が話したいのかといえば、そりゃ1億5千万人より、何十億人とコミュニケーションが取れたほうがいいって、当然ですよね。僕もそれは同意してしまうんだけど、ちょっとだけ待ってくれよと。それよりもまず基本に立ち返って、僕たちが愛用している日本語についてもう少しだけちゃんと考えてみませんか?という提案的な内容。

たとえば朝鮮日報の記者が、”日本人がノーベル賞をとる事ができる”という事実を元に考えた考察として、世界のトップレベルを知るにはやはり英語を知っている方がいいのだけど、そこに日本人が堂々と肩を並べていると言う事は、つまり日本語が英語でやり取りされている高度な専門用語を取り入れるだけの拡張性を備えているという結論に繋がってくる。多くの言語では出来ていない専門用語の変換が可能だということになる。我々もそれは見習ってみたらどうかと。

正直目からうろこでした。そのような日本語の特性を考えれば、上記のような英語教育に関する議論さえ、もう少し変わった視点で見れるんだろう。他にも今回取り上げられている朝鮮日報のソースは、なんていうか、いちいち腹が立つくらいに日本を良く考察していて身が引き締まりました。

この記者はさらに考えをめぐらせて、日本語に翻訳する行為が及ぼす利点をも指摘している。

日本は初等・中等過程はもちろん、大学でも日本語で科学を教える。そのため、西洋で発達した科学を日本語に訳すのを当然の基礎過程だと考えている。漢字文化圏である東洋4国があまねく使っている「科学」「化学」「物理学」などの用語自体が、アルファベット圏言語を自国語で把握しようとした日本の知識人たちによる翻訳の所産だ。「素粒子」「陽子」「電子」などの用語も、すべて日本人が作ったものだ。

そのおかげで、日本人にとって世界的水準で思考するということは世界で一番深く思考するということであり、英語で思考するということではなくなった。これは外国語が苦手といわれる日本人たちが基礎科学分野でノーベル賞を多く取っていることや、益川と小林の研究が日本の大学から誕生したことにもよく現われている。

日本がノーベル賞を取れるのは自国語で深く思考できるから。我が国も英語ではなく韓国語で科学教育を行なうべき [10/09] 韓国日報

本来、これは僕たちこそがしなきゃいけないことなのに・・・。非常にありがたい記事が見れました。
株式日記さん自身の考察では、英語に飲み込まれ滅びている各国の言語の問題から、現在の日本に於ける英語教育に対する危惧にまでその内容は及んでいますが、僕は個人的に、僕の育った15~20年前あたりの義務教育下の英語の授業量であれば(教え方はどうあれ)、十分許容範囲なのではないかと感じます。それよりはやはり、日本語についてもっとちゃんと向き合わせてもらえるような土壌を義務教育課程の内に作ってほしいという思いの方が強くなりました。それは政治・経済・近現代史についてもいえるけど。

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生活支援定額給付金の辞退

どれくらいお金をもらえるのか。

(---略---)
支給額は1人当たり1万2000円で、18歳以下の子供と65歳以上のお年寄りには8000円を加算することで与党は大筋合意している。夫婦と子供2人の4人家族だと6万4000円が支給される。また、給付金の名称に「お上から頂く響きがある」(自民党幹部)との声に配慮し、名称を「生活防衛還付金」とする案も浮上している。所得制限をめぐっては、麻生太郎首相が軌道修正したことで政府・与党内で混乱が生じていた。

--給付金 所得制限 市町村裁量に 1世帯1800万円を下限 / MSN産経

ということで、まだ本決りではないけど、きっとこれで助かる人もいるだろうし、その一方で高額所得者層には給付の必要が無いのでは?という意見があって検討していたんだけど、”自主的に辞退”していただく方針にするそうです。

(---略---)
首相は首相官邸で記者団に対し、「所得制限を法律でやるのは手間暇がかかる。迅速性が要る。自発的に辞退してもらうのが簡単じゃないか」と述べた。さらに「5000万円もらっても高額所得じゃないという人もいれば、500万円もらっても(給付金を)要らないという人もいる」と、給付金の受け取りは本人の意思に委ねるべきだとの考えを示した。
(---略---)
これを受けて、与謝野馨経済財政担当相が自民党の保利耕輔政調会長らと協議したが、「自主的辞退」とするにも所得制限の線引きは必要だとの認識で一致した。1世帯あたり1500万~2000万円を線引きの基準にすることで公明党と最終調整する。ただ、首相の意向にも尊重する形で、制限を上回る人が申請しても基本的には拒否しない方針も確認した。
(---略---)
振込先の口座の指定を受けた上で支給するので、「振込先を指定しなければ、そこで『自主的に辞退した』と見なすことができる」(同)ともしている。

--給付金は振り込み方式で 「高額者」は自発的辞退を 首相意向 / MSN産経

振込先指定しないだけで辞退できるんだったら、それって高額所得者に辞退してもらうというのではなくて、ニュアンス的にはいらない人はもらわなくていいですってことだよな。だからなんていうか、僕は年収150万~200万位で推移しているワーキングプアに毛が生えた程度の身分でしかないけど、それほど生活が逼迫している訳じゃない(いや、逼迫していないとも言わないけど)。でも無農薬やオーガニック的な値の張る野菜を買うことも出来るし、フェアトレードの精神でコヒー豆を確保しているカフェなんかで午後のひと時を楽しむくらいの余裕はある。こんな僕が辞退してやろうかと思う。

どうだろう、多くの僕と同じくらいの若者が辞退したら、なんか面白い気がする。一万円なんて大金、のどから手が出るほどほしい時期も体験しているのであまり強くも言えないのですが、世間はワーキングプアだのネット難民などと20代の若者を不幸の塊のように報道するのに少なからず反感を感じます。若者全員が自分は不幸ですなんてぼやいているわけじゃないから。確かにどうしようもないスパイラルに陥っている人間もいるだろう。そこに今の社会の仕組みを結びつけて批判することにいちゃもんをつける気も無いけど、お金が無いなら無いなりにどうにかしている奴だっていっぱいいる。彼らは自分を不幸だなんて思っていない。俳優や芸術家を目指している奴とか、起業を目指している奴とか、何かを目標にして勉強している人間こそ、夢を追いかけている人間こそ金が無い。みんなバイトやわずかな収入源を確保しながら必死で生きている。そういう時期なんだよ20代なんて。だから彼らは誰かに責任を押し付けるようなことはしない。馬鹿にしないでほしいね。マジで。

あと、辞退する理由を言わせてもらえれば、みんなの税金を二兆円分みんなに分け与えますとかやってるより、米国債から生じる何十、何百兆円レベルの損害に早急に対処してほしいという思いの方が強いということを暗に示したいと思う。

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憲法改正に反対している人に問い詰めたいこと。

現行の憲法をそこまで頑なに守ることに疑問を感じます。

終戦後、占領軍GHQが乗り込んできて、彼らが先導する形で現在の憲法が作られた。逸話として、白州さんが彼ら相手に頑張っただとか、実は日本人が作った草案が元になってるだとか、いろいろ言われているけど、結局どっちににせよGHQ執行部やお偉方が勝手に決定して施行してまったものなので、民主的な憲法なんていっているけれど、そもそものっけから民主的ではないっていう。

このような経緯から生まれた憲法でいることに、なぜそこまで”こだわることができる”のかわからない。結果的にすばらしい憲法だったんだからいいじゃないかって?冗談じゃない。それは恣意的なすり替えです。別に内容に関しては、僕は同じでもいいんです(現時点での矛盾を解消しなければならないのだから、そら同じってことはないと思うけど)。ただ僕が問題だと思うのは、そこに自分たちで決めたという”覚悟”と”責任感”があるかどうかなんです。精神論になっちゃいますけど、たとえば仕事を選ぶ時に、自分でやると決めてやるのと、誰かに指示されてやるのと、違いますよね?たとえ同じ職業だったとしても。

主義主張が違うというのはその後の話であって、いきなり憲法改正に反対するっていうのはあれなんですかね、日本が独立するのを否定しているというか、民主的に憲法を決めることを恐れているって言うか、変えるだけで戦争が起こってしまうとか言い出してしまうところを見ると、自分自身が日本人を一番信じていないということなんじゃないかと

そんな風に思うんです。

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