« 日本人ノーベル賞受賞者4人は事実誤認??? | トップページ | 漫画ONE PIECEの実写をするならこいつっていうのに個人的ダメ出し。 »

純真に平和を目指すために自らに謳う

日本人は平和ボケだと日本人自身にさえ言われますが、それはもう間違いない。日本人が一体誰に向けて平和ボケと罵倒しているかといえば、それは共同体としての自分であり国民、それらの総意でなければならないはずの政治・国・憲法なんですよね。

日本の現状は、理想と現実の矛盾があまりにも大きくなり過ぎて立ち行かなくなっている。世界のそこかしこでは60年前と変わらず戦争が起きている現実があって、もちろん平和な世界がやってくればいいのだけど、100年か200年か、長期的な展望を描くだけで実際の対策として実行するにはとても非現実的なことしか言わない平和主義者が非常に多い。
精神論ときれいごとを並べ立て、そのための”現実的”な政策を提示しようとはしない。現時点で何が出来るのかをまじめに議論しているところで、夢だけ語ったって全くかみ合わないです。それが教育を堕落させる原因でもあると思う。

実際人間とはどこまでも野蛮で卑劣な存在であり、また逆にとても美しく、慈悲深いものである。というように、矛盾を数多く抱えている生き物であることを教えず、いや、前提とすることを忘れ、”きれいごと”などと言いたくもない御託や詭弁ばかりで取り繕う。侵略戦争を起こし、人を殺したという部分を誇張する形で、日本人の血がどれほど罪深いかと教えられる。これは学校がとか、教師がとか、そんな小さな範囲の問題ではなくて、日本全体の雰囲気というか状態がそう刷り込まれてしまうような環境だったということ。(教育とは、本来全ての大人に課せられる使命だと思う。理想及び前提として、日本人全員が子供の教育者でなければおかしい。そうあらんとしなければおかしい。その為の”良い”教育理念とは何なのかを全力を挙げて模索しなければいけないはずなんだ。)

自分自身を育んできた日本を見て思う。この教育の何が平和なのか。平和な世の中には、何より自分を誇り、自分の血を誇り、その上で他を重んじ、助け、共生していく心こそ必要なはず。過去にとらわれ続け、結果的に平和を夢見ながらも現実との格差の間で潰れていく愚か者が今の僕たちじゃないのか。それでいいわけがない。自らと、自らの意識の行き届く限りの範囲において変容を欲します。

最終的にいえることは、僕は平和な未来を目指そうと思っている、限りなく純真に平和主義者でありたい。戦争は嫌いだし、核が無くなるに越したことはない。だからこそ、それらの攻撃性に恐怖し、盲目に否定を続けるのではいけない。恐怖を受け止める心をもとう。そして目をしっかりと開き世界を見返そう。怖いかもしれないが、怖くてたまらないかもしれないが、どこまでも切実に、どこまでも謙虚に、日本と外と、つまり地球全域、仮想エーテルで満たしうる宇宙空間全域に及ぶ壮大な意識と未知に対峙する気概で日々生きていけば、自ずと変容は成るのだと思う。

|

« 日本人ノーベル賞受賞者4人は事実誤認??? | トップページ | 漫画ONE PIECEの実写をするならこいつっていうのに個人的ダメ出し。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40751/42740662

この記事へのトラックバック一覧です: 純真に平和を目指すために自らに謳う:

« 日本人ノーベル賞受賞者4人は事実誤認??? | トップページ | 漫画ONE PIECEの実写をするならこいつっていうのに個人的ダメ出し。 »