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森山直太郎 - 生きていることが辛いならの歌詞について

反響がハンパじゃないみたいですが、僕は批判できません。

誰かを救うということはとても難しい。
僕なんかにはその資格があると思えないけど、
一人の人間として必死で考えてみる。そしてそれが本当に難しいことだとつくづく感じる。

苦しんでいる人間がいる。辛くて辛くてどうしようもない人間がいる。
頭に「死」という選択がめぐっている人間がいる。

彼を認めてあげること。彼を意識してあげること。
一方通行ではなく、彼自身のそれらに対する確かな実感。反射。
救うという形のひとつが、もしかしたら共感なのかもしれない。

大多数の常人は、自殺はしない。
しかし、自殺の一歩手前まで、
直前まで行ってしまった人間に手を差し伸べるとしたら、一体何が出来るだろう。

それはもしかしたら自殺の肯定かもしれない。
今、自ら命を絶とうとしている人間へ、
”お前は正しいよ”といってやることなのかもしれない。
そして重複した視点を、広い広大な世界へと誘っていく。
宇宙・歴史から見た自分のちっぽけさ。自分の現状のちっぽけさ。だからこそ生きろと。

僕にはわからない。自殺を選んだ人間の気持ちはわからない。
たぶん、今生きている人間の大半はわからない。自殺したら生きていないから。

この曲に対して感想を聞いてほしいとしたら、
自殺をもうすぐそこでしそうな人や、奇跡的に生還した人だろな。
彼らにこそ問うてほしい。

きっと作者も、そういう人に向けて書いたんだろう。
すごい覚悟だと思う。すごい覚悟だ。
それだけでも尊敬できる。彼は向き合っている。
たぶん大多数の人間よりも、僕よりも、よっぽど向き合っているよ。
良くこんなところに光を挿したなっと思うよ。

だから僕は批判する気になれません。

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