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意識レベル

最近思うんですが、

意識というものにはレベルみたいなものがあって、
といっても交通事故や病気で意識が混濁しているのとはちょっと違って、

日々どんなことを考えているかというか、
どんなことに目を向けているかというか、
そういう意識のこと。

たとえば、
デジカメがほしいけど、
高いのはいやだし、でもすごくほしいなと考えていたとして、

いつも何気なく通り過ぎている商店街の片隅のお店で、
掘り出し物のようなデジカメが売られているのを見つけることができた。

普段、いろいろな情報を目にしている僕たちは、
自分の中にある意識のレベルによって、
脳みそに引っかかるかどうかが決まってくる。

デジカメがほしいという意識がなければ、
その掘り出し物だって
いつものように気づかずに通り過ぎてしまっていただろうし、
そういうところから、きっと「ひらめき」なんかも生まれてくるんだと思う。

電車で目の前に座っていた人が読んでいた新聞の見出しが気になったり、
下水道のふたに書いてある数字が気になったり、
テレビやインターネットだったり
そういう、普段目にしているのに気にならなかったことが、
意識が違うだけで、たちまち世界が変わったように気になってくる。
一つ一つの意味がつながって、新たな発見につながってくる。

意識が低いというのは、
昨日も今日も、重要なヒントを見逃している可能性がすごく高い。

なんかとっても損をしている気分になるんだけど、
だからといって、何を考えれば意識のレベルが上がるのかなんてわからない。
きっと人の数だけ方法もあるんだろう。
だから僕は、自分なりに重要だと思うことについて、必死で考えていればいいんだと思う。
そうすれば、何もしなくても世界のほうから寄ってきてくれる。

こんにちは、新しい世界。
そして新しい自分。

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