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自分であるということ

クリエイティブな仕事をしていると、
ジレンマとして
人と同じであるということにすごい劣等感を感じてしまう。

集団の中で、集団に影響されて流されて、
何の癖もないものを生み出してしまうことへの恐怖心がいつも心のどこかにある。

個性と言うこともできるかもしれないけれど、
とにかく人と違っていたいという欲求がすごくある。

でも、それって実はとても独りよがりで、
間違った解釈をしてしまっていたのかもしれないって、
最近思う。

なんというか、そう、それは遺伝子と一緒で、
僕たちは先祖代々、遺伝子を伝達して、
記憶や血を継ぎながら今こうしてここに生きている。

だから、
アイディアだって、積み重ねの上に生まれるものでいいのだと思う。
集団の中で生まれるものでいいのだと思う。

誰かがやったこと。過去の誰かが生み出したアイディアからヒントを経て、
そこから展開させたものを自分のクリエイティブな能力だと判断していいのだと。

というかそもそも全く何ものにもとらわれずに発想を展開させられるなんてことは不可能に近いし、
もしできる人間が要るとすれば、きっとそれは天才と呼ばれる存在なんだろう。

だから別に集団の中で、自分が他と同じであることを恐れる必要なんてなくて、
今までの歴史を受け入れた上で、
僕はその上に積み上げられるブロックでいいのだと思う。

すごく当たり前のことなのかもしれないけど、
こうして悩むこともまた、無意味ではなかった。
決して自分かわいさにいっているわけではなく、
きっとこの発見は一人ひとりが自分自身で感じとって、
経験として心の中に入ってこなければいけないものなのだと思うから。

そしてたとえ積み重なるブロックになるとしても、
ひとつだけ注意しようと思うのは、
上辺の歴史にだけとらわれてはいけないということ。
今の世界の状態だけが、今まで生きてきた人間の知恵のすべてだとは思ってはいけないということ。
多数ではなく、もしかしたらどこかで途絶えてしまったかもしれない
いわゆる偏見や差別の対象となって、闇の奥へ沈んでしまっている記憶や技術。真実。
それらをちゃんと見つけていかなければいけないのだと思う。

やっぱりそういう意味では、自分自身という個をしっかりともって、
自分自身の目によって、世界と向き合うことが必要不可欠なんだろう。。。

流されているだけでは、結局、何も生み出せない。
それこそ、最初のジレンマの中に収まった人間に成り下がってしまうんだろうと思います。

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